
サブラタの街はトリポリから車で1時間ほど離れた地中海沿岸にあります。紀元前6世紀にカナニット人により建設されました。アフリカ植民地の産物を輸出するフェニキアの貿易港として、サブラタは短命に終わったマッシニアのヌミディア王国の一部となり、2~3世紀にはローマの支配下に入りました。
レプティス・マグナと同様にサブラタはカルタゴ人の沿岸貿易の拠点として造られました。紀元前4世紀には集落化が進み、良好な天然港となる地形の条件も手伝ってサハラ貿易の拠点となりました。この集落は後にレプティス・マグナとオエアとならぶ(トリポリの)3都市のひとつとなります。
サブラタは3世紀に中央アフリカからガダメスとフェッザンを通ってもたらされる象牙の貿易港として栄えました。ヨーロッパから北アフリカに侵攻したヴァンダル人はサブラタを破壊した後放棄しました。533年にはビザンツ人が占領、再建し、精巧なモザイクの床を持つユスティニアス教会を建てました。
サブラタで発見された壁や公共建築の基礎のなかには市場、法廷、神殿がみられます。ローマ時代の顕著な遺構には競技場、リベル・パテル神殿、シラピス、イシス、ヘラクレス神殿、広場、劇場、講堂があります。広場と海の間のローマ時代の遺構の下層には、初期フェニキア集落の遺構が発見されています。
主だったモニュメントのひとつである円形劇場は、現在でも劇場やコンサートホールとして使われています。さまざまな公共浴場、神殿、泉があり、一級品のモザイクが見られます。ビザンツ人の遺構はヴァンダル人侵攻の後の再生の姿を示しています。サブラタもユネスコの世界遺産に登録されています。
(出典:www.libyalonline.com) |